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トップの県立高校に受かった時、俺には何の感慨もわかなかった。試験は簡単だったし、ケアレスミスをした数学の1問と、あいまいな部分が残る国語の問題以外は全部正解したと思っていたから。
もちろん母は合格を喜んでくれたし、夕食もいつもより奮発してくれた。
父がいたら喜んでくれただろうかと、中学の頃に母と離婚した父に思いをはせる。しかし、すぐに考えを改めた。連絡すると言ったのに、一度も手紙は来なかった。きっと俺のことなんか忘れて気楽に生きているのだと思うと、喉の奥から苦いものがこみ上げてきた。
高校を入学した後も順風満帆とはいかなかった。
学校生活に特に問題があったわけじゃない。ただ、委員会やなにやらで俺の帰りが遅くなるようになると、次第に母は寄り道でもしているのではないかと疑うようになったのだ。
そもそも高校に上がる以前から母の束縛は厳しかった。母は父に裏切られたと感じていただろうからある程度は仕方ないとは思っていた。
だけれども、すぐに癇癪を起こし、反論さえ許してくれない母に段々と嫌気がさすようになった。
しかも、決まって最後には「出てって。私が産んだのはあんたじゃない」と言い出す。
母が嫌いなわけではない。ただ、これ以上自分が傍にいても母は悪くなる一方ではないかと思うのだ。
精神科に行くように言ったこともあるが、母は聞く耳持たなかった。無理矢理連れて行くのもはばかられる。
全ての発端は離婚の原因にもなった、母の嫉妬深さからだった。
まだ父が家にいたころ、突然母は父が浮気をしたと言い出した。
それは完全な誤解だった。父の学校の同窓会があり、その後に父と親交があった女性が家に訪ねてきたのだ。
その時父はいなかった。父がいたら、否定して終わりだっただろう。だが、なぜかその女性は母に父と仲がいいことをほのめかしたのだった。
父は帰ってきてすぐに否定するが、母はずっと疑っていた。
父からは以前本当のことを聞いた。父と仲が良かった女性は別の人で、訪ねてきた女性とはまったく親交がなかったということ。学生時代にその女性を振ったことがあるというだけの話だった。もしかしたらその女性は、父に振られた腹いせに、逆恨みでもしていたのかもしれない。娘がいて、夫と上手くいかず、離婚したという話もあったから。
とにかくまったく根も葉もない誤解だったのだ。
ただ母がそんな女性の言葉を信じてしまうほどに、世間知らずで、かつ一度そう思い込んでしまうと、それ以外の可能性を考えることができない性質なのだろう。
結局母の思い込みが離婚まで発展してしまった。父は最後まで悲しんでいたし、母の元に残ると言った俺のことも心配していた。
よっぽど父の方についていこうかとも思った。でも、母を一人にするのも心配で、わざわざ残ったのに、それが間違いだった気がして仕方がないのだった。
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