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僕は今日、自分の本当の名前を知った。
「君はセダムという種類らしいね」
大佐の膝から見た画面には、僕とそっくりな植物が映っていた。ぷっくりと肉厚で、ツヤのある葉。その解説を読みながら、彼はふと、笑った。
「花は咲かないのに、花言葉があるのか。…… なるほどね。君がなかなかしゃべってくれないのは、そういうわけだったのかな」
大佐は困った顔で微笑みながら、「沈黙」と表示された画面をスクロールさせた。
その時、僕は見たんだ。
僕が生まれた時、大佐の奥さんのお墓の周りにたくさん咲いていた、青空のような美しい花を。
その花の名は、ネモフィラ。
サミィのお墓には、誰かが種を蒔いたかのようにその青く小さな花が芽吹き、咲き乱れていた。
僕は思い出した。まだ土の中にいる時、温かくて優しい何かに包まれているように感じていたこと。そしてその何かは、風に乗って飛んでくる種たちのうち、特にその青い花の種を大切に温め、守り育んでいたことを。
サミィはきっと、分かっていたんだ。
この国が戦争ばかりしているのも、夫が空襲の時そばにいなかったのも、地雷に吹き飛ばされた脚の治療のためになかなか帰れなかったのも、大佐が悪いわけじゃない。
それを言葉で伝えられない彼女は、お墓に足を運ぶ夫の目にいつか触れるだろう青い花に想いを託して、その種を育んだのだろう。
それなのに大佐の目を引いたのは、彼を取り囲む美しいネモフィラではなく、場違いに顔を出した僕だった。
僕は大佐をあの街から遠ざけてしまった自分が、たまらなく悲しかった。
きっとあのお墓の周りには、春が来るたびに青い花が可憐に咲いているに違いない。その花言葉に込めた意味に、夫が気づいてくれることを願って。
もしもいつか。
僕が言葉を話すことができたら、一番に彼に伝えよう。
奥さんはもう、あなたを赦しているよって。
そしてあの青い花の咲く墓地に、一緒に行こう。
「あなたを赦します」
咲き乱れるネモフィラが大佐を優しく包み、きっとそう囁くだろう。
【了】
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