セダムの祈り

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「サミィ、まだ話をしてくれないのかい?」  大佐は僕を膝に乗せ、弾力のある緑葉を優しく撫でた。返事をしない僕を見つめる彼の瞳には、寂しさが滲んでいる。 「いつになったら俺を(ゆる)してくれるのかな…… 」  大佐はずっと、僕が声を出すのを待っている。毎日僕に話しかけ、同じ部屋で眠り、霧吹きで水をかけ葉の手入れをして、せつなげに赦しを請う。  僕がしゃべらないのは、怒っているからだと思っているらしい。  植物である僕が言葉など発するはずがないのに、彼はひたすらに、その日を信じて何年も待っている。  大佐は僕を、奥さんの生まれ変わりだと思い込んでいるからだ。  僕が地上に芽を出して、初めて見たのは大佐の泣き顔だった。  暖かい風が吹く春の日。掘り返した土の、湿った匂いのする墓地で、大佐は義足を組んで地面に座り、奥さんの墓石に向かって静かに泣いていた。  何も知らず、その足元にぴょこんと芽を出した僕を、彼は赤く充血した両目でじっと見つめた。そして、僕の根元の土を震える指でそっと掘り、家に連れて帰ったのだ。  大佐が僕を、その下に眠る奥さんの生まれ変わりだと盲信してしまったことを、誰も責めることはできなかった。子どものいない大佐にとって、安全なはずの祖国に残していった奥さんを失ったことがどんなにつらかったか、周りの人はみんな痛いほど分かっていた。だから誰も、彼が僕のために故郷を捨てることを咎めなかった。  たぶん僕は、本当はあの街の植物じゃないんだろう。街を爆撃した飛行機から落ちたか、侵攻した兵士の靴に付いていたんだと思う。  大佐も気づいているかもしれない。僕はもしかしたら、サミィの命を奪った人たちの国から運ばれた種かもしれないってことに。  それでも大佐は毎日僕を撫で、葉についた埃を拭き、思い出話を聞かせてくれる。僕を膝に乗せて言葉を教え、いろいろな知識を与えながら、いつか僕が言葉を発すると信じて待っているのだ。
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