抽選

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カランカランカラン。 薄暗く人気のないアーケード商店街では ベルの音が高らかに反響し、 隅々まで鳴り響く。 多角形の木箱の口から 元気よく飛び出してきたのは、 金色の球体であった。 そう、僕はさびれた商店街の抽選で 見事一等を引き当てたのだ。 おそらくアルバイトであろう 受付の青年の方が興奮しており、 勝手に握手を求めてくる。 無理もない。 彼は思いっきりベルを鳴らすことができる この瞬間を誰よりも待ち望んでいたのだ。 "どうせこの木箱の中には 白球しか入ってないんだろ" 期待するのに疲れた彼は、 そう思い込んでいたに違いない。 その証拠に彼の手には 渡し慣れたティッシュが スタンバイされていたからだ。 彼には僕のことが 勇者に見えているだろう。 それとも、神か、仏か、 はたまた忽然と現れた救世主か。 そんな妄想に駆られるうちに、 僕はまことに気色悪いにやけ顔を 彼に披露していたようだ。 僕はすぐに顔の筋肉を正し、 仕切り直すかのように一つ咳払いをした。 それにしても、 こんなところで運を使ってしまうだなんて。 僕みたいな凡人にだって、 もっと良い運の使い道はあったはずだ。 席替えで好きな子の隣になるとか、 自販機で前の人のお釣りが残っているとか。 考えてみたら少し虚しくなった。 やはり凡人は凡人なのだ。 それはそうと、 一等の景品は何だろうか。 世界一周豪華客船クルージングか? 宇宙旅行だったらどうしよう。 閉所恐怖症でも何とかなるものなのか。 パウンドケーキのごとく、 妄想が勝手に膨らんでゆく。 早まる気持ちを抑えつつ、 僕は景品一覧の下段から 徐々に目線を上げていった。 参加賞はティッシュ。 5等は駄菓子の詰め合わせ。 4等は観賞用熱帯魚。 子供騙しも良いところだ。 しかし、所詮商店街の抽選なんて、 せいぜい貸し切り露天風呂付き宿泊券か 人気テーマパークのペアチケット くらいだろうか。 3等はブリザードフラワー。 2等はホームシアターセット。 いやいや、落ち着け。 先程までの淡い期待を抱いていた自分が 急に恥ずかしくなってきた。 良くても電動アシスト自転車か。 むしろ要らないものを貰うくらいなら、 無難に商品券が欲しいと思えてきた。 肝心な1等の情報は、 目と同時に耳からも入ってきた。 「1等は、新しい祝日を作る権利です。」 「へ?」 「あなたの選んだ日が 国民の祝日になるってことですよ。」 何を言ってるんだ。 そんな景品聞いたことがないぞ。 祝日を決めるだなんて 天皇陛下だとか総理大臣だとか、 そういったレベルの話だろ。 こんなのどうやって景品にしたんだ。 仮に金額で表すとしたら 一体、何円分の価値があるのだろうか。 さぞかしとんでもない額であることは 容易に想像がつく。 だが、そんな心配をしてもしょうがない。 購入する訳ではなく、 僕に与えられた景品なのだ。 「それで、いつにするんですか。」 「いつでもいいのか。」 「そのようです、既にあるもの以外なら。」 正直催促されても困る。 こんなシチュエーションは 特殊オブ特殊な激レアケースだ。 第一、どこの誰だかも 分からない人が決めた祝日を 全国民で祝うだなんて、 かなり馬鹿げてはいないか。 「参考までに聞くが、 他に祝日を決めた人っているのか。」 「どうなんでしょう。 どうやら機密事項のようです。」 その回答に幾らか安心した。 誰かに不都合なことがあれば、 恨まれてしまうかもしれない。 全国民の言い分など聞いてられるか。 国を背負った総理大臣の気持ちが ほんの少しばかり分かった気がする。 さて、いつが良いだろうか。 決めかねている様子を見て、 彼がいくつか案を出してくれた。 「ご自身の誕生日とかどうです。」 「いや、全国民に祝福されることを 考えると、気が引けるなぁ。」 「三箇日に1月4日を追加して、 四箇日にしましょうよ。」 「なんだか語呂が悪いな。」 「じゃあ俺の誕生日にしましょう。」 「引き当てたのは僕だ。」 「それならさっさと決めて下さいよ。」 なかなかに難しい。 厄介な景品を引き当ててしまったものだ。 早急に決めないと、 彼の苛立ちが爆発しそうだ。 そこで、僕は覚悟を決めた。 「今日にします。」 「え、今日ですか。一体何の日ですか。」 彼は困惑しながらも、 興味深々に聞いてきた。 あえて大袈裟な動作で 周りに人がいないことを確認すると、 顔を近づけるように手招きをした。 そして、とっておきの秘密を 共有するかのように、 潜めた声ではっきりと告げた。 「祝日の日だ。」 「祝日の日という祝日ですか。 何とも斬新ですね。」 冴えない僕の人生にとって、 今日こそが記念すべき日なのだ。
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