あの頃の私に手向ける花

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※  いや「どういう訳か」じゃない、そうやって何でも人のせいにするからダメなんだろ俺は。  一応、ちゃんとした理由がない訳ではない。何で小説を書くことになったかといえば、単純な話外出自粛でヒマだったからである。  10年務めた大手ディスカウントストアは都の偉いオバサンの命令であえなく営業停止に追い込まれ、正社員である私は自宅でただ二酸化炭素と灰皿の灰とゴミ箱のティッシュを生産するだけの生活を余儀なくされている。こんな時でも吸い殻の生産に精を出す現状は、生産性の大切さを叩き込まれた10年の社員生活の成果と言えよう。  そんな時に、『短編小説大賞』の輝く広告を見かけたのだ。  それを見て、私は思い出した。一応昔は小説家を目指していたことを。  いや、一応今も目指しているはずなのだが。 ※ 「それにしても、『花言葉』なんてよぉ……無理だろ」  今日も濁った煙と汚い灰を生産しながら、パソコンの前で頭を抱える。いやネットの広告に安易に飛びついた自分が悪いのだが、都合の悪い事はすぐ忘れる便利な頭でここまで生き抜いてきた誇りが私にはある。 『──花言葉(はなことば、仏: langage des fleurs、英: language of flowers、独: Blumensprache)は、象徴的な意味を持たせるため植物に与えられる言葉で、一般に「バラの花言葉は愛情」のように植物と単語の組み合わせで示される』(wikipediaより引用)  とはいえ、調べてみると面白いものである。花言葉が花の生態を象徴的に表したもの、なんていう事は知らなかったし、キノコにも花言葉があるなんて思ってもみなかった。ちなみに椎茸の花言葉は『疑い』らしい。  考えた奴はきっと椎茸が嫌いである事は間違いがないが、エリンギの『宇宙』は絶対ラリッてると思うし、マツタケの花言葉が『控えめ』っていうのもなんかおかしい。お前は間違いなく八百屋で一番主張している。  でも考えてみれば、花言葉なんかより茸の方が私には余程似合っている。  ここまで読んできた諸賢なら分かるだろう。『花言葉』なんて洒落たテーマで、花言葉になぞらえてセンジティブなポエムを書き上げるなんて私には土台無理なのである。  例えば、である。 「君はとても神秘的で美しい、そんな君に似合いの花を贈りたいんだ」  そんなセリフを思いついた。何を贈ろう、えっと『神秘的』『魅力』で検索……あーダメだ、これケシの花言葉じゃん。そんなモン女性に贈ったら恋愛小説じゃなくて村上龍だし手が後ろに回る。少なくとも大賞は取れないのは明らかである。  そもそも検索してる時点でダメだ。こういう時に似合いの花言葉がスラスラ出てきて素敵なポエムを書ける人間こそ懸賞小説でも大賞を取るし彼女だって出来る。つまり私じゃない。  大賞は無理だ。私の小説は、さしずめアレだ、選評の人が三行読んで「斬新ですね」とかコメントをくれて記念にクオカードを贈ってくれるような小説。それだ。今回はクオカード狙いで行こう。  やっぱり私にはキノコが似合う。なんとなくじめじめしてる所とか最高にシンパシーが湧くし、煮ても焼いても旨い。ちょうど自粛が長引いて私の髪形もキノコみたいになってきた所だし。
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