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※
「あほくさ」
そんな事はないのである。
しかし花言葉。縁がない。思いつかない。どれを見てもピンと来ない。そもそもワードパッド開いたのは何年振りだったろう。
やめとくか。書かなくても死なないし、どうせクオカード狙いだし。
それに歳を重ねて分かったのだが、ディスカウントショップで汗水たらす毎日も意外と悪いモンじゃない。
なにしろ酒もつまみも買って帰れるのだから、楽しくないはずがないのである。歳を取ったせいか自分の先行きなんてぼんやり見えてくるし、なんならこのまま60歳まで変わらない生活してる自分の姿さえ今はうっすら見えてくる。年の功とはこういう事か。
低値安定の人生に、万歳。そうやって穏やかに暮らして、誰にも知られずにひっそり死ぬのも、また。
……良い訳ないだろ。
考えても見ろ、本当に良いのか? その歳で女も知らない、志して田舎を出たのにその体たらく、恥ずかしくないのか? もっと楽しい人生があるって想像力を、どうして膨らませない? そんな奴に、誰かが夢見る話を書くなんて出来る訳ないだろう。ふざけんな、いい加減にしろ、もう一度立ち上がるんだ、大丈夫、一度は出来た事だお前なら出来るだろ!
……いやいや。
「俺そういうのじゃないし」
そもそもこの世に生まれた人間が全員歴史に名を残す偉業を目指したら、世界史の授業が終わらなくなってしまう。私が頑張らないお陰で、百年後の受験生は私の名前なぞ思い出せないせいで志望校に落ちて、涙を飲まなくて済むのである。立派な社会貢献ではないか。
そんな反論がするりと出てくる自分の小賢しさよ。これも歳の功……いや、老いだろうか。
結局、私は狼じゃなかったのだ。
牧場の隅っこで草を食んでれば満足の羊だったのである。命懸けの狩りに憧れるタマじゃない。それだけの話ではないか。
「実家、帰るかなぁ」
別に大分の系列店で働いたって良いのである。実家の飯は何しろ旨い、子供部屋おじさんとか呼ばれて親に泣かれるかと思うとどうにも心が痛いが、それを選んだのは……いや、何も選ばなかったのは自分じゃないか。
昔の事なんて思い出すんじゃなかった。
あの頃の、情熱を燃やしてた自分が今の私を見たら、何と思うのだろう。別に、恥ずかしいとは思わない。ただ、がっかりするんだろうな、とは思う。今の私が未来の自分だって分かったら、多分死にたくなるだろう。
現状に不満はないが、「こんな暮らしも悪くない」とか言った所で若い私は耳も貸さずに華厳の滝にでも飛び込むに違いない。それを思うと、なんともいたたまれない気持ちになるのである。
ごめんな、昔の私。
お前が憧れるような人生を、私は歩んでやれなかった。
「…………やるか」
呟いて、新しい煙草に火を付ける。濁った煙を胸に溜めて、大きく吐き出す。けむい。
小説家にはなれなくても、せめて書こうと思う。
どうせ外出自粛のせいで当分実家になんか帰れないんだ、これ一本書いても遅くはあるまい。別に大賞取ろうなんてもう考えちゃいない。ただ、昔の自分の、供養みたいな物なのである。
さぁ、そうと決まれば花言葉だ。
ついでに調べてみようか、昔の自分に贈るとしたらどんな花が良いか。心の墓標に手向けるつもりで調べてみよう。えっと、『純粋』に『無邪気』? なるほどそれっぽい、しかし残念ながら、昔の私に花というのがそもそも似合わない事この上ない。そもそもライラック? なんて花の名前は聞いたことさえないのである。
良いやヤメだヤメ、かっこつけて小賢しい文章書いたって、どうせ向こうが透けて見えるくらい薄っぺらいのだ。どうせクオカード狙いの人生なんだから、好きにやるべきだろう。それに『ネタがないならない事をネタにすれば良い』って偉い人も言っていたはずである。
いつのまにかチビてしまった煙草を咥えなおし、私はパソコンに向き合う。煙がしみる感覚が懐かしくて涙が滲んでくる。書き始めはもう決まっていた。
キーボードに指を掛け、私はその言葉をカタカタと打ち始める。
これを読まれる選評の皆様には大変申し訳ない気もするが、昔の自分に贈る、しょーもない私の現状報告なのだから。
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