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夜七時を回り、辺りは暗くなっていた。駅前とはいえ人通りは多くない。店の中では客だったが、今は単なる不審者だ。私は、無視して通り過ぎようとした。
「俺のこと覚えてるよな?」
忘れられるはずがない。あの時の苛立ちがよみがえる。振り切るように家の方向に向かって歩き始めた。
「あんた馬鹿なのか?」
私は、たまらず振り返る。
「つくづく失礼な人ですね」
「いいのか? 俺、家までついて行くよ」
途端に背筋が寒くなった。
「三十分ほど、そこのファミレスで話を聞いてくれたら帰るけど?」
家族に助けを求めたいところだが、両親は温泉旅行に出かけていた。兄もまだバイト中のはずだ。人目のある明るい場所に行く方が、安全な気はする。
「話を聞くだけでいいんですか?」
「とりあえずは」
仕方なく一緒にファミレスに入る。禁煙席に通され向かい合って座った。明るい場所でみるとやはり整った顔をしていた。話し方が乱暴でさえなければ、切れ長の目が印象的で好みのタイプだ。余計に気に食わない。
好きな物を頼んで良いとメニューを渡された。夕食はコンビニ弁当で済ます予定だったので、遠慮せずに頼むことにした。
「俺は、片桐 蒼。あんたは?」
名乗ることに抵抗を感じ「言わなきゃダメですか?」と、返した。
「嫌なら、そのうちでいい」
不機嫌そうな声になった。
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