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「おい、地味子」
カウンターの向こうから男性客がそう言った。たった今、本の会計を済ませて、私から釣り銭を受け取ったところだ。視線は、明らか私に向けられている。それでも話しかけられた確信が持てない。振り向いてみたが、棚に、取り置きの本が並んでいるだけだった。
「地味子はあんただ」
書店でバイトを始めて一年余り、客からこんな風に話しかけられたことはなかった。怒らせたのだから、こちらに落ち度があった可能性もある。
「もう一度、なんかしゃべってみて」
言われたことの意味が理解できない。
「何か、失礼がありましたか?」
男性がにやりと笑った。
「みつけた」
それだけ言い残して去って行った。
数日間は、私のことを「地味子」と言った男性客のことを思い出しては、憤ったり落ち込んだりしていた。最初にレジで商品を渡された時、カッコいい人だと思ったことも、悔やまれた。
本好きなのもあって高校では図書委員をしている。週一でしか活動しない文芸部に所属し、季節ごとに発行する同人誌のために拙い文章を綴る。土日は本屋で五時間だけバイトに入る。そんな繰り返しの日常の、あの数分間、お互いの時間が交差しただけの相手だった。
考えるのをやめようと思い始めた矢先、バイト帰りに、自宅の最寄り駅であの時の客と出くわしたのだ。
「やあ」と、当たり前のように声をかけられた。
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