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「いらっしゃいませ。」 店の入り口に繋がったカウンターには、日本人離れした顔立ちの美青年がニコニコと微笑みながら、菜々美を見ていた。外から見た通り、明るい店内には菜々美以外の人はおらず、バラ・チューリップ・カスミソウの切り花に、パンジーや胡蝶蘭などの鉢植え、小さなフラワーアレンジメントが並べられている。 「こんばんは。ずいぶん遅くまでやってるんですね。」 「ええ、まあ。」 菜々美は、モデルばりの美貌を放っているカウンタ-の青年にどぎまぎしながら話しかけた。もしかするとハーフだろうか、髪と目の色は黒だったが、くっきりと通った鼻筋や目の大きさは西洋人を思わせる。うつむき加減に目を伏せると、信じられないほどまつ毛が長いのが見て取れる。普段、容姿の整った男性を見ても心を動かされることは無いが、先ほど唇を湿らせた大吟醸のせいかなぜか動悸が早くなってしまう。青年の声は高くも低くもなく、柔らかくて暖かくて音楽を感じさせた。 「もしかして、今日からオープンしたんですか?全然気づきませんでした。」 青年は少し怪訝な顔をして、答える。 「今日から?いいえ、ずっと前からありましたよ。」 「嘘よ、いつもこの道を通って帰ってるけど、見たことないわよ。」 「ああ、良くあることですよ。御覧の通り細々とやってますからね。」 そんなことって、あるかしらと内心首をかしげながらも店内の花に見とれていた。花屋に入るのなんて何年ぶりだろう。子どものころは母のガーデニングを手伝ったり、お使いで食卓に飾る切り花を買ったりしたものだが、高校生ごろからはめっきりその習慣もなくなってしまった。 「花ってやっぱり、キレイよね。」 心の声が漏れてしまったかのように、ポツリとつぶやいた。 「良かったら、お好きな花を一つ差し上げますよ。切り花でも鉢植えでも。」 カウンターから出て、菜々美に近づきながら青年が言った。 「あら、ダメよ。そんな。お店なんだから。お金はちゃんと払います。」 「お金のことなら、気にしないでください。こう見えても繁盛してるんですよ。」 あら、さっきは細々やってるなんて言ってなかったかしら、と菜々美はぼんやりと考えた。 「どっちにしても、今日は彼の家なの。持って帰るわけにもいかないから、明日また来るわ。」 「そうですか、お待ちしてます。」 青年は深々とお辞儀をして、菜々美を外まで見送った。少し肌寒い春の夜道を月明りに照らされながら、弾む気持ちで彼の家へと向かった。そして、菜々美は久しぶりに彼の腕の中でぐっすりと眠った。
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