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「いらっしゃいませ。」
菜々美が走って向かってくるのが見えたのだろうか。アンティノウスかドリアングレイかという美貌を放って、店主はにっこりと微笑んで菜々美を出迎えた。
「こんな遅くに開けててお客なんか来るわけ?」
「あなたが来てくれましたよ。」
「私一人が来たって、お店はやっていけないでしょ。」
「お客様がそんな心配しなくてもいいんですよ。それより、今日は何かお探しですか?」
いいえ、ただ本当にこの店があるか確かめたかったの、と口を開きかけた菜々美の目がある鉢植えに止まった。ピンクと紫の中間色をした袋の形のような花が鈴なりについている。針葉樹を思わせるツンツンと細長く尖った葉が、花の間からちょこちょこと顔を出しているのもなんとも可愛らしい。菜々美は自然とその鉢植えを手に取っていた。
「ねえ、この花。なんていう名前なの?」
「ああ、それはエリカという花です。アフリカ原産なのでそんなに水をあげなくても大丈夫ですよ。」
と店主がニコニコと笑いながら言う。
「これ、いくらするの?」
「お譲りしますよ。なんだかあなたにぴったりなので。」
とても商売とは思えない店だわ、と思いながら菜々美は南国のクリスマスツリーのような鉢植えを両手に抱える。行きつけという訳でもないのに、代金も払わず商品をもらうなどということは考えられないはずだったが、菜々美はなぜだか日本人離れしたエキゾチックな店主の言うことを素直に聞き入れようという気になった。
「風通しの良いところに置いてあげてくださいね。後、水は1週間に一度、土を十分湿らせるようにあげればそれで大丈夫です。鉢を替える時はまたお店に来てください。土を作ってあげます。」
と丁寧に解説をしてくれる。
「ええ、本当にありがとう。大事にするわね。」
菜々美は、小さい風船のような一つ一つの花びらや小さい針のような葉っぱを優しく手で撫でると、ほくほくとした気分で自分の家に帰った。
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