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花言葉は「この恋に気付いて」
「この花は、どう?」
「どれにしたって結果は同じだろ」
「対応が雑過ぎ! これでも俺、一応お客様だぞ?」
そんなこと言われても、本音なのだからで仕方ない。
別に接客が面倒なわけではない。むしろ好きな方だ。そうでなければ、花屋で働く道など選ばなかっただろう。
面倒なのはこの、幼馴染――尊の手伝いをしないといけないことだ。
「俺はな、今回こそはマジでマジなんだよ」
「それ。前に整体師の姉ちゃんに惚れた時も言ってたぞ」
「じゃあ、今回こそはマジでマジのマジなんだよ!」
「増えただけじゃん」
「前より大きいってことだ。この想いがな!」
あまり店内で大声を出さないで欲しい。
普段ならそう注意するところだが、残念ながら店内には今、俺と尊の2人しかいなかった。今日はうちの店含め、商店街全体の定休日なのだ。
そんな貴重な休日を、俺は尊の何度目かになる愛の告白、その準備に付き合わされているのである。この場合、営業時間内に来ないのは優しさなのだろうか……そんなことを考えていると、
「なぁ。やっぱバラかな? バラ最強かな」
「最強だな。結婚申し込む気なら、108本」
「108本!?」
「あと、999本買ったら最強どころか無敵だな。ただ、発注に時間もらうけど」
「でも……バラって、やっぱキザだと思われるかなぁ」
出た。
尊の悪いところだ。さっきまでの強気な態度が嘘のように、ネガティブなことばかり言って、言い訳を始める。慎重と言えば聞こえはいいが、要はビビりなのだ。
これが尊の恋がこれまで実らなかった原因の一つではないか、と俺は考えている。
多少は自覚があるのだろう。だから尊は、他の花屋ではこういう相談をしにくいと言って、いつもうちに来る。
そして、何度もうちで花を買っては散らし、また買いに来る。恋多き、忙しき男である。
「なんかこうさぁ、気持ちをオブラートできる感じの、控えめなやつってないかな」
「お前、前もそう言って花買ったの、忘れてないか?」
「あれ。そ、そうだっけ?」
「前と同じ説明して、同じ花を案内する羽目になりそうだから先に言う。お前、この間はチューリップを買ったぞ」
「あー! そうだった、そうだった。マミちゃんの時ね」
俺も思い出した。前の相手は、整体師のマミちゃんだった。確かに、快活な女性だという話を聞いて、そこから巡り巡って、チューリップになったのだ。
まぁ、その恋は実らなかったわけだが。
「またチューリップにするなら、こっちでもう花束にしちゃうけど」
「いや! 待って! 今回はもう少し、大人っぽい感じにしたくて」
「だったらバラにしろ。999本」
「それはハードル高過ぎ! 今度の子はさ、本屋の店員でね。こう、知的な感じで。チューリップって感じじゃないわけよ」
尊の想い人などまったく知りたくはないが、一応話を聞くことにした。どんな女性なのか、趣味や嗜好、尊が知り得る限りの相手の情報と、彼女への想いを熱く語り始める。
別に聞きたくはない情報がほとんどだが、こちらも花屋としてプライドがある。少なくとも、お客のオーダーには完全に応えてみせよう。
(でも、どうせ無駄になるだろうな……)
花には、少し申し訳なく思う。
願わくば尊の想いは拒んでも、花だけは受け取って欲しいところである。
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