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桜並木の川沿い、四つ辻の交差点の一角にその花屋は店を構えている。会社員の菜々美は、通勤帰りに、花屋に立ち寄り、映画スターばりの美貌で花を束ねる店主ととりとめのない世間話をするのが習慣になっていた。  最初は毎週金曜日に顔を見せていたが、その頻度はだんだんと増えていった。不思議と今日はちょっと立ち寄ってみようかしら、などと思う日は、暖色系の優しい照明に店内が照らされ、彼の家へ急いで帰るときには果たして店の明かりがついていたのかいなかったのか、判然としないことが多かった。  そして店主の男ぶりにもかかわらず、客は多いとは言えなかった。花屋というのはそんなに客の出入りが多いものではないのかもしれないが、それにしても場所が悪いのかもしれないわ、と菜々美は思った。  だが、下手に口出しするのは止めておいた。それに店主自身、どこか浮世離れしているというか、もうけは二の次というようなのんびりとした商売とも言えないような商売をしていた。まれに店を訪れる客にもタダで切り花や鉢植えをプレゼントしているところを菜々美は何度も見かけていた。  そして、徐々に菜々美のような固定客を増やしているようだった。ガーベラ、バラ、ユリ、カスミソウ、フリージア、ミモザ、ヒマワリ、コスモス、ポインセチア・・・。菜々美はどんどん花の名前を憶えていった。たまには、これとこれを合わせてちょうだいとオーダーするようにもなった。
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