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「あの、俺・・・告白したんです。好きな人に。でも、振られちゃって。」
「あ、そうなんだ・・・。それは、残念だったね。」
心からのいたわりを込めて菜々美は言った。こんなに素敵な子を振るなんてどういうつもりなんだろうと思いながら。
「いや、いいんです。どうせ、無理だろうなって思ってたし・・。付き合えるわけないって思ってたけど、この気持ちだけでも伝えなきゃって。それぐらい好きだったんです。」
店主がゆっくりと孝太郎の近くまで歩み寄ってきた。
「君は、愛を手に入れられなかったんだね。」
「ちょっと、そんな言い方!!」
店主は両手を上げて菜々美をいさめる仕草をした。
「彼のことを愛していると分かった時、変にならなかったかい?」
孝太郎をきゅっと店主の顔を見ると、こくりと頷いた。こくりと音が聞こえそうな頷きだった。
「僕、僕・・・おかしくなりそうでした。苦しいのに、考えたくないのにあいつのことばっかり考えちゃって・・・。用事があるふりして、部活が終わるまで待ってました。なるべく女子の話をしないグループに入れようとしたり、大したことでもないのにDM送ったり・・自分で自分が気持ち悪いなって分かってたけど・・・そうせずにはいられなかったんです。」
菜々美はじんわりと目がしらが熱くなるのを感じた。気持ち悪くなんかないわ。恋をしたらみんなそんなふうになるし、あなたが気持ち悪いと思ってることなんて、まだまだ可愛いものよ。
「愛は人をおかしくさせるよね。普段はしないようなことをさせてしまう。優しくもなれるし、残酷にもなれる。勇敢にも臆病にもなる。苦しいのに幸せで、相手のことを想っているはずなのに、自分のものにしたくなる。全てのものを飛び越えることができる。」
店主が優しく孝太郎の背中に手を置く。
「ねえ、孝太郎君。実は君が選んだ赤いチューリップには『愛の告白』という意味がある。トルコ原産で、中世オランダではこの球根が信じられないような高額な値段で取引されていた。可愛らしい見た目があるけど、情熱的で何人もの人生を翻弄してきたような歴史を持つ花だ。そして、君が選ばなかった方のマーガレットには『秘めた恋』という意味がある。対してマーガレットはリゾート地として有名なスペインのカナリア諸島の低木が原産とされている。目だつ花ではないけれど、チューリップにはない可憐さや清楚さがあるよね。見た目も対照的な花だけど、冠せられた言葉もまた正反対の花なんだ。」
孝太郎は肩を震わせながら、涙声で答える。
「じゃあ、僕がもしマーガレットを選んでいたら、気持ちをしまっていたと思いますか?」
店主はきゅっと少年の肩を引き寄せると、優しく言った。
「いいや、君は必ずチューリップを選んだ。君は、自分の知らないところで自分の本当の気持ちが分かっていたんだ。」
「今では後悔してます。きっと、た、貴司は僕に告白なんてしてほしくなかった。友達のままで接してほしかったって。」
西風店主は、チューリップの切り花を挿してあるバケツから、以前孝太郎にあげたのと同じような真っ赤なチューリップを一輪、手にとった。
「ねえ、なんで貴司君がそう思ってるか分かるの。」
「え、だって・・・貴司が僕なんかに興味あるはずないもの。あいつは、男と恋愛なんてできないし。」
「ふうん、君は啓太君の心が分かるの。」
「・・いや、分からないですけど。」
「分からないからこそ愛を伝えようと思ったんだろう。」
「・・・。」
「心の中のことは、その人にしか分からない。いや、その人自身にすら分からない部分がたくさんあるのに、相手が何を考えてるかでやきもきするなんてね。」
店主は、優しく赤いチューリップを孝太郎に差し出し、受け取らせた。
「彼が、振り向いてくれたか、くれなかったかよりも、君が心から好きな人を見つけることができた。そのことが何より素晴らしいことじゃないかな。彼は、君の心の中でずっと笑いつづける。心から相手を想う愛を一生知ることがないままの人もいる。」
チューリップを受け取った孝太郎は、うっすらと目に涙を浮かべていた。
「今は愛が苦しくて苦しくてしかたがないかもしれないけど、人を愛した先には必ず希望がある。それにね・・・」
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