パプリカ

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パプリカ

 コトン、と玄関ドアの郵便受けが鳴った。  一瞬身体が固まった。ここの住所は母にしか教えていない。仮に用件があったとしても郵便など送って来ず、直接電話がかかってくるはずなのに。  きっとチラシのポスティングだろう。手当たり次第に配っているに違いないと自分に言い聞かせながら玄関に向かう。  思いに反して封書が届いていた。表には私の氏名とここの住所が。消印は一昨日の日付。差出人の名前がないのが気になった。  開封しようかどうしようかとその場で逡巡していると、今度はインターフォンが鳴った。どきどきしながらドアスコープを覗く。見覚えのある男女の顔が見えた。 「こんにちは。W県警の山里です」  ドア越しに男性の声が聞こえた。確か女性のほうは山崎と言ったっけ。私の事件を担当してくれた二人の刑事。どちらも山が付くよく似た名前なので最初はよく混同した記憶がある。  はいと返事をしてからドアを開けた。 「こんにちは、刑事さん」 「どうも、富田さん。今、お時間よろしいでしょうか?」 「はい。よかったら、中に」 「いいえ、手短に済ませますので、ここで」  山里刑事は一度山崎刑事と視線を交わしてから、 「実は、黒川明のことなのですが」  その名前を聞いたとたん心臓が締め付けられたような感覚に襲われた。彼のことが原因で私はこっそりここへ引越しすることになったのだ。  忘れようとしていた顔を思い出し、眩暈に襲われた。ドアに寄りかかろうとしたところを山崎刑事が支えてくれる。 「大丈夫ですか?」 「は、はい。すみません。大丈夫です」  私は自分の足でしっかり立つと、 「それで、その人がなにか?」 「自殺しました。一昨日の夜です」 「え?」  青天の霹靂とはこのことか。 「自殺?どうして?」 「彼は最後まで、自分はストーカーじゃない、二人は愛し合っていたんだと訴えていました。それが聞き入れられないものだから、悲観したのかと」  全身の力が抜けた。崩れ落ちそうになるのをなんとか踏ん張って堪えたものの、手の中の封筒がするりとすべり落ちた。
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