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「それじゃあ、私は塾があるからすぐに帰るよ。美香、望月の絵を見る前にこの入部届にサインして。今日中に出すから」
そう言って結貴は、私の手のひらごと握り、私に入部届を持たせた。
「ひどいな。僕は絵が好きで描いてるのに」
望月の反論をよそに、私は結貴に渡された紙とボールペンを眺めて、とくに何も迷わず考えずにクラスと名前を書き入れた。入部するだけ、それで、たまに絵を出品するだけ。そういう軽い気持ちでいたから、ペンも悩まない。
私が最後の文字をさらりと書き終えると、結貴はその紙を没収するように取り上げ、さよならも言わず、一目散に美術室を出ていった。彼女が勢いよくドアを閉める音が、暴力的に教室内に響き渡る。結貴が時間を急ぐ理由が分からず、私は首を傾げた。
「塾まで、時間無いのかな」
「いや、僕の絵がひどいからだ」
望月はしかめ面で、結貴が走り去ったドアを眺めながら、そう言った。
「美香さんが逃げる前に、入部届を提出するんだよ」
「へぇ、なるほど。そんなにひどいの?」
私が尋ねると、望月は腕を組み目を伏せて、うーんとうなった。
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