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 サヨコも想定外の暗さに驚いたようで、俺の隣にそっと腰掛けると、ちょっと怖いね、と小さな声で呟いた。 「もう水泳教室は終わりかな」  たいして先生らしいことできなかったけど、と自嘲するように吐き出した言葉に返事はない。サヨコのほうに顔を向けると、大きな瞳にいっぱい涙を溜めてこちらを見ていた。 「え……」 「煌太、今までありがとう」  たかが泳ぎを教えただけで大袈裟だ。もしかして、水泳教室が終わることが悲しくて泣いてるのだろうか。別に、同じ学校なんだから夏休みが終わったって会えるだろう。なんなら家も近いのだから、残りの夏休みに会いに来たって構わない。毎晩会えるのを楽しみにしていたのは、俺のほうだ。 「こちらこそ、ありがとう。楽しかったよ」  好きとか、そういう下心みたいなものがあったなんて知ったら、気持ち悪がられるかな。気持ちを隠そうとして伝えた言葉は、思いのほか冷淡な声となってしまった。瞬きとともにサヨコの目から涙が(こぼ)れた。咄嗟に彼女の頬に手を伸ばすと、その手に小さな手が重なった。 「煌太、わたし……」  次の瞬間、唇に柔らかいものが触れた。それがサヨコの唇だと気づいたとき、びゅうと風が吹いてサヨコのキャップを奪っていった。艶やかな黒髪が零れ出るのと同時に、花の香りが漂った。俺はサヨコを引き寄せて再び唇を重ね合わせる。雲が細い月を隠して、ほんの一瞬だけ暗闇(くらやみ)に俺たちを閉じ込めた。
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