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「あなたも月を見に来たの?」
こちらには気づいていないと思っていたのに、突然話しかけられて戸惑った俺は、そうだよ、と嘘をついた。
「それならここで見るといいわ。この場所から見ると、月が二つになるの」
促されるまま、サヨコの隣に腰を下ろした。
風が吹いて、彼女の髪から花のような香りがした。俺は月ではなくて、その横顔を無遠慮に見つめていた。
長い睫毛やツンと尖った鼻、柔らかそうな唇、唇の左下の小さなほくろ。
こんな女の子、この学校にいただろうか。
「ねぇ、君、名前なんて言うの?」
彼女は一度瞬きをした後、俺のほうを見た。
「サヨコ」
そう言って唇の端をきゅっと引き上げた後、サヨコはプールのほうに視線を向けた。
「上の月は絶対手が届かないけど、そこの月なら掴めそうじゃない?」
「掴めるわけないじゃん」
俺の言葉にサヨコは首を傾げた。
「そうかしら。やってみないとわからないわ」
そう言って、サヨコはワンピースを脱ぎ捨てた。淡い水色の下着が目に入って、思わず目を逸らす。
「ちょっと」
サヨコはそのままプールに飛び込んだ。
水面が揺れて、月がぐにゃりと歪む。
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