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 劇場内の照明が落ちて、サヨコが息を呑んだ気配がする。大きな瞳はスクリーンに釘付けになって、俺が隣にいることなんか忘れちゃったんじゃないかなと少し悔しくなる。膝の上で小さく握られた手に触れてみようかと思ったけど、邪魔したら悪いからやめておく。  伸ばしかけた手をアイスティーに進路変更すると、サヨコはこちらを向いてにっこりと笑う。唇が何かを伝えようとしていたから、耳を近づけると、吐息の混ざる声で楽しみだね、と言った。顔をサヨコのほうに向けたら思ったより近くて、俺の理性はあっさり降伏してしまった。柔らかい感触に脳が溶けそうになったけど、いよいよ本編が始まる音が聞こえてぐっと堪えた。  サヨコには言わなかったけど、実はこの映画は最近友達と観たばっかりだった。だから俺は、八割くらいは隣でサヨコが笑ったり泣いたりするのを見ていた。俺にとってはそっちのほうがよっぽど有意義な時間だったからさ。
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