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「見て、わたし、月にパンチしてるわ」  パシャパシャと水音を上げながら、サヨコは偽物の月を攻撃している。彼女が動くたびに僅かに揺れるその控えめな膨らみをつい目で追ってしまう。もう少し大きいと最高なんだけどな。突然サヨコがこちらを向いたから、(よこしま)な視線を咎められるのかと身構えた。 「あなたもやってみない? 水の中、冷たくて気持ちいいわよ」  サヨコは俺に近付いてきて、俺の足首を掴んだ。ヒヤリと冷たい指先に思わず足を引っ込める。 「いいよ、俺は。っていうか、その格好なんだよ」 「え? これ、水着よ。一目惚れして買っちゃったの」  水着だからって、下着とそう変わらない露出度のそれを初対面の男に平気で見せられるなんて。女の子ってそんなもんなのかと少々がっかりする。俺としては、恥じらってくれたほうがグッとくるんだけど。 「そんなに気に入ってるならこんな夜中に学校のプールじゃなくてさ、ちゃんとしたとこ行けばいいのに」  俺がそう言うと、サヨコは少し寂しそうな顔をした。 「わたし、日光アレルギーなの。だから、太陽が出ている時間にこんなカッコできないの」  こんな真夏に日焼け痕一つないのはそういうことかと納得した。日光アレルギーがどんなものか詳しくは知らないけど、厄介なものには違いないのだろう。 「あなた、泳ぐのは得意? わたし、泳げなくて。もしよかったら教えてくれない?」 「まぁ、水泳部だし、泳げるほうだけど。でも、今は水着じゃないから」  そう、と悲しそうに俯いたサヨコに、俺は明日なら、と声をかけていた。 「本当? 明日教えてくれるの?」  サヨコは瞳を輝かせて俺の手を握ってきた。小さくて、柔らかくて、可愛らしい手だった。めんどくさいことになったと思ったが、こんなに嬉しそうな顔を目の前に、今のなし、なんて言えそうになかった。 「わかったよ。しょうがないな」  約束よ、とサヨコは小指を絡めてきた。
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