6/8

93人が本棚に入れています
本棚に追加
/98ページ
○ ☽ ○ 「昨日、昔好きだった人に似ている人に会いました」  俺は病人らしくベッドに横たわって、佐原はそのベッドを背もたれにして床に座っている。俺が熱を出した理由をなんとなく説明しておくべきだと思った。佐原とこういう関係になってから、他の女には手を出さないようにしていたから、それを破ろうとしたことへの罪悪感があったのかもしれない。 「石崎くんをこんなダメ男にしたのがその好きだった人?」 「ああ、まあ、そうっすね」 「好きだった、じゃなくて、今も好きなんじゃないの?」 「……そうですね」  佐原はホットココアを飲んでいた。俺は好きじゃないから自分では買おうと思わない。別に恋人でもないのに、佐原のために買ったものがこの部屋にはいくつかある。ココアもそうだし、彼女の手の中にあるマグカップも、今は引き出しにしまってあるルームウェアも。 「それで、その人がどうかしたの?」 「声をかけたら乗り気だったから、ホテルに行こうと思ったんです」  佐原はちょっとむせて、マグカップをテーブルの上に置いた。起き上がって佐原の背中をさする。 「でも、行かなかったんだね」 「うん、まあ。俺には紫がいるじゃん」
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!

93人が本棚に入れています
本棚に追加