7/8

93人が本棚に入れています
本棚に追加
/98ページ
 本当のことを言えば、佐原のことは一ミリも思い出さなかった。いつまでも俺の心を占拠しているのはサヨコで、遠野さんに手を出さなかったのは、彼女がサヨコに似すぎていたから。 「何、急に可愛いこと言っちゃって」 「俺、今弱ってるから抱きしめてよ」  佐原は溜息をひとつ吐き出して、それからしょうがないなあと言って立ち上がる。爽やかな香りに包まれる。サヨコの匂いとは違う。柑橘っぽいような、ジンジャーエールみたいな。 「いい匂い。これ、好き。おいしそう」 「もう、本当にどうしたの?」  佐原は俺の頭をずっと撫でてくれていた。温かい手に安心する。 「今日、泊ってく?」 「風邪うつされたら困るから帰るけど」 「……そっか」 「早く元気になってね」
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!

93人が本棚に入れています
本棚に追加