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本当のことを言えば、佐原のことは一ミリも思い出さなかった。いつまでも俺の心を占拠しているのはサヨコで、遠野さんに手を出さなかったのは、彼女がサヨコに似すぎていたから。
「何、急に可愛いこと言っちゃって」
「俺、今弱ってるから抱きしめてよ」
佐原は溜息をひとつ吐き出して、それからしょうがないなあと言って立ち上がる。爽やかな香りに包まれる。サヨコの匂いとは違う。柑橘っぽいような、ジンジャーエールみたいな。
「いい匂い。これ、好き。おいしそう」
「もう、本当にどうしたの?」
佐原は俺の頭をずっと撫でてくれていた。温かい手に安心する。
「今日、泊ってく?」
「風邪うつされたら困るから帰るけど」
「……そっか」
「早く元気になってね」
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