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 病み上がりに出社すると、やるべき仕事はしっかり溜まっていて、遠野さんのことを考える暇なんてなかった。とか考えてる時点で、頭の片隅にはやっぱり彼女はいて、忙しくしていないとすぐに脳内を乗っ取られてしまう。おかげで集中力は上がって、上村課長にも最近調子いいなって褒められたりして、悪いことばかりではないんだけど。  凝り固まった肩と背中をほぐすように伸びをする。壁に掛けられた時計の針は二十時を指し示していた。ふわりとあのジンジャーエールみたいな香りを漂わせながら、佐原が俺の隣に座った。 「石崎くん、まだ帰らないの? 夕飯行こうよ」 「あー、そろそろ帰ります。夕飯もいいけど、ちょっとだけ抱きしめさせて」 「バカ。何言ってるの。ここ、会社だよ」 「もう誰もいないんだからいいじゃん。紫がいい匂いさせてるのが悪い」  俺の暴論に佐原は呆れてますって顔で笑った。別にここで何かしようっていうんじゃないよ、さすがに。 「冗談ですよ。すぐ準備するんで、少し待っててください」  区切りの良いところまで終わらせて、端末をシャットダウンする。机の上の飲みかけのペットボトルを鞄に突っ込んで立ち上がると、佐原も立ち上がった。 「今日はごちそうしますよ。看病のお礼に」 「あら、それは素敵ね。フレンチがいいわ」 「えー、それは却下」
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