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 それからしばらくお手洗いのほうを気にして見ていたけれど、さっきの女性は現れなかった。ピザに夢中になっている間に出てきたのだろうか。焼きたてのピザはやっぱり美味い。宅配ピザもあれはあれで好きだけど、同じピザとは思えないな。指についたトマトソースを舐めていると、あ、と紫が声を漏らした。 「あの人だよ、さっきの美人さん。さっきとだいぶ雰囲気違うけど」  紫の視線を辿った先にいる人物を見た瞬間、どきりとした。遠野さんだ。白い上着は脱いだのか、空色のノースリーブニットを着ていて、すらりとした綺麗な二の腕が眩しい。遠野さんは壁際の席に男性と向かい合って座っている。旦那だろうか。笑いながら楽しそうに会話している。 「ちょっと、一応彼女の前なんですけど」 「ごめん、紫のほうが美人だよ」  取り繕って答えたが、俺は今どんな顔をしているのだろう。どろりとした何かが鼻や口を覆っているようで、ひどく息苦しかった。
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