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打ち合わせを終えてロビーを通過する。遠野さんはもう受付にいなかった。少し、話すだけだ。ずっと待っていたら悪いし。誰かに言い訳するように心の中でそう唱えながら、俺の足は例のコンビニに歩みを進めていた。
通りをまっすぐ進んで、角を曲がる。でも、あの庇の下に遠野さんはいなかった。一瞬だけ足を止め、そのまま店内には入らずに通り過ぎる。これでいい。彼女に関わると、何か良くないことが起きる気がする。
「待って、石崎さん。待ってください」
ヒールが地面を叩く音がして、俺の左手が捕らえられた。振り払ったほうがいい。いや、少し話すだけなら。悩みながら顔を上げた俺を、遠野さんの透き通るような瞳が射抜いた。
「……話って何?」
「あの、食事でもしながら、どうですか?」
紫の顔が一瞬頭を過った。あーとかうーとか、よくわからない音を発しただけなのに、遠野さんは俺が承諾したと受け取ったのか、頬を緩めた。
「よく行くお店が近くにあるんです。そこでもいいですか?」
嬉々として歩き始めたその後ろ姿を俺はただ追いかけるしかなかった。
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