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 連れてこられたのは大衆酒場だった。会社の人たちとよく来るのだそうだ。四方から聞こえる喧しい声は俺の警戒を解いていった。向かい合って座ってあらためて感じたが、遠野さんはとんでもない美人で、薄汚れた壁やタバコの煙が充満するこの場所はかなりちぐはぐな気がした。  注文したビールが白い泡を零しながら運ばれてくる。同時に山盛りの枝豆が乱暴にテーブルに置かれた。遠野さんはジョッキを両手で持って、この店には似合わないような上品な乾杯をした。  遠野さんは枝豆を一粒ずつ摘んで鞘から出して、それを口に運んでいる。このペースで食べたら夜が明けてしまいそうだ。そうこうしている間に、唐揚げとだし巻き卵がテーブルに並んだ。だし巻き卵に大根おろしを乗せ、舌に乗せたところで、遠野さんは口を開いた。 「わたし、恋愛をちゃんとしたことなくて」  唐突に始まった話の行方を想像できず、俺はただ口の中のだし巻き卵を咀嚼した。薄味で、次は醤油を垂らそうと思った。
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