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 恋愛したことないのに、結婚してるって不思議だな、と何気なく見た彼女の左手には指輪なんかなかった。まあ、結婚してるからって指輪してなきゃいけない決まりなんてないし、そもそも結婚していると彼女の口から聞いたわけでもなかった。ジョッキを傾けながら、続きの言葉を待つ。 「わたし、三か月後に結婚するんです。母が決めた相手と」  結婚はこれからだったのかとか、親が決めた相手と結婚っていつの時代だよとか、じゃああのとき親しげに話していた相手は誰なんだとか、いろいろな思いが脳内を飛び交った。 「そいつのこと、好きなの? その、結婚する相手のこと」  最終的に俺の口から発せられたのは、結婚相手についての疑問だった。遠野さんは俯いたまま、わからなくて、と零した。 「この前、初めて顔を合わせたんです。優しそうで、いい人でした」  あのレストランで見かけたあの男が、遠野さんと結婚する相手なのだろうか。あの日の遠野さんの楽しそうな顔を思い出して、俺はまた息苦しさを感じた。 「近々結婚する予定の幸せそうな人が、俺に何の話があるわけ? 全然話が見えない」  無性に腹が立った。持っていたジョッキを勢いよくテーブルに戻すと、皿の上の箸に引っかかって、床に転がった。
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