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「ごめん」
聞こえたかわからない小さな声で謝って、店員に新しい箸をもらう。遠野さんは突然ジョッキを抱え込んで、ごくごくと飲み始めた。あっという間に減っていくその黄金色の液体をただ見つめる。中身が半分ほどになったジョッキがテーブルにどしんと置かれた。
「石崎さん、わたしとデートしてください」
「……は?」
「恋愛を知らないまま、母が決めた相手と結婚するしかない可哀そうなわたしと、デートしてください。お願いします」
いよいよ言っている意味がわからない。紫と付き合う前だったなら、もちろん承諾していただろう。結婚相手を差し置いて、俺とデートしたいと言われたことに優越感も感じる。でも、今はそうはいかない。本当は今日だってきっぱり断っていれば、こんな面倒な話をされることなんてなかったのだ。
「俺、彼女いるんだけど。悪いけど他の人にお願いしてよ」
「じゃあどうして……どうしてあのときキスなんかしたんですか?」
「あのときは誰とも付き合ってなかったし。っていうか、遠野さんならいくらでも男寄ってくるでしょ。選び放題じゃん」
あ、まずい、と思ったときにはもう遅かった。遠野さんは顔を歪ませ、ぽたりと大粒の涙を落とした。
「ごめん、泣くなよ。でも、迷うなら無理に結婚決めなくたっていいんじゃないの?」
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