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 俺はあの日のサヨコの様子を思い出した。大きな鞄を持っていたことや、いつも冷たい手が珍しく熱く、汗ばんでいたのを。きっと、あの鞄の中には日よけ対策の装備が詰まっていたのだろう。それを見られたくなくて、ショッピングモールの中で待ち合わせにしていたのだとしたら。真夏の日差しの下で、長袖を着こんであの場所までやってきて、俺と会う前に着替えていたのだとしたら。すごく愛おしくて、抱きしめてやりたいと思った。 「普通のデートができないっていうのはどうして?」 「……それは、日光を浴びてしまわないように、夏でも長袖着たり、帽子被ったり、サングラスかけたり……とにかく、そんな気味の悪い恰好をデートにしていけないじゃないですか」  テーブルの上の遠野さんの手は小さく握られていた。サヨコも登校時の恰好を気味悪がられていると言っていた。実際にサヨコの様子を見たわけじゃないからわからないけど、好奇の目に晒されるのはいい気分ではなかっただろう。 「俺、この前の土曜日、遠野さんのこと見かけたよ。帽子もサングラスも、長袖だって全然気味悪くなんてなかった。むしろ俺はすごくかっこいいと思ったけどな」 「お世辞なら、必要ないです」 「本当だって」  サヨコと目の前の遠野さんの状況を重ねて、思わず彼女の手を握ってしまった。顔を上げた遠野さんと視線が交わる。一瞬だけ、すべての音が聞こえなくなった。
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