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 会計を済ませて店の外に出ると、夜の静寂に包まれた。あの店がどれだけ騒がしかったのかがよくわかる。俺は少し口を開けば、遠野さんのことを傷つけるようなことばかり言ってしまう。それなのに、俺との食事が楽しみだと言った彼女が何を考えているのか、本当にわからなかった。少し前を歩く遠野さんの後ろ姿を見て、また溜息が漏れた。  そのとき、街灯の微少な光が彼女の後頭部の一点に反射した。そっと近づいてみると、遠野さんの髪をまとめ上げたヘアゴムの飾りが目に入った。見覚えがある。サヨコにプレゼントしたヘアゴムと同じだった。少し色が濁ってしまっていたが、閉じ込められていた星は鈍く(きら)めいていた。 「これ、綺麗だね」  こんこんと優しく叩いて話しかけると、遠野さんはそのヘアゴムを外して髪をほどいた。また、あの花の香りが漂う。俺はもう、確信した。遠野さんはサヨコなんだと。遠野さんはそのヘアゴムを鞄から出した小さな巾着袋にしまい込んだ。 「ありがとうございます。これ、昔大切な人にいただいたんです。わたしのお守りなんです」  遠野さんはそれをぎゅっと握り、軽く目を閉じた。それって俺のこと? って聞ければよかった。
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