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「その人は今どうしてるの?」
「わからないです。ただ、幸せでいてくれたらな、と思います」
「会いたいとは、思わないの?」
遠野さんは空を見上げた。満月には少し足りない、歪な形の月が浮かんでいた。
「わたし、その人に酷いことをしたんです。だから、会えません」
頬を濡らすその横顔に見惚れていた。綺麗な涙だと思った。俺がずっとサヨコに会いたいと願っている間、サヨコはずっと自分を責め続けていたのだろうか。その人が俺だとするのなら、酷いことをされただなんてちっとも思っていなかったし、サヨコがこれまでずっと他人と関わらないように生きてきたのかと思ったら悲しくて仕方がなかった。
長い睫毛を震わせながら、はらはらと泣き続ける遠野さんを見て、堪らなくなった。涙を拭おうと彼女の頬に手を伸ばすと、その手に遠野さんの手が重なった。前にもこんなことがあったな。遠野さんは涙を流し続けながら、笑った。
「石崎さんって、その人にどこか似ているんです。だからかな。石崎さんになら奪われてもいいと思ったのかもしれないです。心も、体も、ぜんぶ」
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