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 引き出しの一番上を開けて、今はもう電源が入らなくなってしまった古い携帯電話を取り出した。サヨコがあのヘアゴムをお守りだというなら、俺にとってはこれがお守りだった。映画館で撮ってもらった写真は、自分たちのはもちろん、映りこんだ他人の服装まで説明できるくらいには何度も見た。写真のデータはSDカードに入れていたから、今でも見ることはできる。画質が随分と悪いことを無視すれば。  ずっと会いたかったのに。やっと会えたのに。どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。遠い記憶の中のサヨコは、今の遠野さんでアップデートされてしまった。俺を見つめるその瞳も、香る髪の匂いも、指先の冷たい手も、柔らかい唇の感触でさえも。  机の上のスマートフォンが震えた。紫からの着信だった。出るべきか悩んで、画面と睨み合う。暫くしたら鳴りやんで、メッセージが届いた。 【煌太、もう寝ちゃったかな? 明日、うちに来ない?】  紫のことが嫌いになったわけじゃない。だけど、サヨコとの再会に動揺している今、いつも通りに接する自信がなかった。ごめん、と心の中で謝って本当に眠ってしまおうと思った。ベッドに倒れ込んでタオルケットを顔まで引き上げると、紫の匂いがした。
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