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 遠野さんはジョッキではなく、水の入ったグラスに手を伸ばした。アルコールのせいか、頬はほんのりと色づいていて、いつもより幼く見えた。 「このまま、きっとこのままわたしはひとりで生きていくのだと思ってました。それでもいいかもしれないとも思いました。そんなときに母が、縁談を持ちかけてきたんです。離婚してからひとりでわたしを育ててくれた母に、花嫁姿を見せられないのは申し訳ないなって思って」 「じゃあ、母親のために結婚するの? それで、後悔しない?」 「後悔なんてしないと思ってました。今は、後悔してます……石崎さんのせいです」  遠野さんは俺の目を真っ直ぐに見てそう言った。テーブルの上で両手を組んで、爪を少し手の甲に食い込ませて。俺のせいって……どういうことだ? 頭がうまく回らない。 「この前のお守り、ヘアゴムをくれた人が、わたしの心の中にはずっといるんです。彼への想いは、楽しかった記憶と一緒に大切に仕舞っておくつもりでした。でも、石崎さんに会って、彼を思い出してしまったんです」  遠野さんは俯いてしまった。テーブルの上にぽたりと雫が落ちる。 「彼にもう一度会いたい……煌太に、会いたい」  伸ばしかけた手を静かに引っ込めた。どうすればいいのか、わからなかった。俺がその煌太だと名乗り出て、それでどうする? 遠野さん、いや、サヨコは結婚するわけだし、俺にも紫がいる。そもそも、こんな女遊びばかりしていた俺のことなんか、サヨコは軽蔑するに決まっている。  臆病でずるい俺は、サヨコが声も出さずに泣き続けるのを見守ることしかできなかった。
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