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○ ☽ ○  月曜日、出社すると紫が席にいなかった。今日は終日オフィスにいるはずなのに。そわそわしながらメールチェックをしていると、部長と一緒に会議室から出てきた。なんだか思いつめたような表情をしているのが気になった。  その後も紫はぼんやりとしていることが多くて、視線を送ってみてもなかなか目が合わない。何かあったのだろうか。俺のせいだろうか、なんて自意識過剰な思考に陥るのは、これまでの自分の行動がいかに軽薄なものであったかをようやく認識したからなのかもしれない。  金曜日は金田と飲みに行って、いつもはふたりで過ごす週末も、ひとりで家に閉じこもっていた。中途半端な気持ちで紫に接するべきじゃないと思ったから。じっくり考えてみて、これからどうすべきか結論は出たつもりだ。 「あ、待って、佐原先輩。お昼一緒にどうですか?」  昼休みを告げるチャイム音が流れてすぐ、立ち上がって紫に声をかけた。紫は振り返ると気まずそうな顔で笑う。 「ごめん、今日は先約があって」  そう言い残して、鞄を掴んでオフィスを出て行ってしまった。残された俺にフラれたな、なんて声を掛けてくる同僚がいた。それはただの冗談に違いないんだけど――俺たちが付き合っていることすらこいつらは知らないんだ――、今の俺には結構キツい。俺なんか選ばれなくてもしょうがない、なんて思っていたけど、実際にフラれるのを想像したら胸が苦しくなった。
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