93人が本棚に入れています
本棚に追加
今日、ちゃんと話ができるかわからないけど、もしかしたらこの街に来るのは最後になるかもしれない。紫とちゃんと恋人同士になって、ひと月半くらい。もっと長い間一緒にいたような気がしたけれど、それは恋人じゃない期間が長かったせいだろう。
合鍵は持っていたけど、返事もないのに部屋に上がり込むのは気が引けて、周辺を歩いてみることにした。スーパーと紫のマンションくらいしか行かないから、ほとんど知らない街だ。知らないままのほうが、いいのかもしれないけれど。
目的もなく歩き回る。もっと、ふたりでいろんなことをしておけばよかった。例えばそこの屋台のラーメン屋や、立ち食いの焼き鳥屋とか、行ってみたら楽しかったかな。
感傷に浸ってしまうのは、忍び寄る秋の気配のせいだろうか。暑くて眩しい夏が終わると、街並は次第に色褪せていく。例年はしぶとく夏の顔をしていた九月は、今年は諦めが早かった。急に涼しくなったから、長袖のワイシャツは袖を捲り上げなくてもよくなったし、それどころか肌寒いと感じるくらい。
二の腕を摩りながら再び駅前に着いた頃、ようやくポケットの中のスマホが震えた。立ち止まって確認する。
【ごめん、今メッセージ見た。もうすぐ着くけど、どうしてる?】
駅前で待ってる、と入力して、送信ボタンを押すのを躊躇った。紫の都合も考えないで押しかけて、俺って本当に気の利かない男だ。疲れて帰ってくる紫に、夕飯でも用意して待っておくべきだったろうか。まあでも、俺の下手な料理食べるくらいなら、コンビニ弁当のほうがマシかも、と考え直して送信した。
最初のコメントを投稿しよう!