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待っている間に、紫は肩までの髪を括った。これまで髪を結んだ姿は見たことがなかった気がする。ふわふわの髪がぎゅっと束ねられて、小型犬の尻尾みたいだ。
「髪結ぶんだ? ラーメンだから?」
「そう、ラーメンだから。麺類は気合い入れなくちゃね」
それからまもなくして、目の前にどんぶりが並べられた。俺たちの会話を聞いていたのか、気合い入れて食えよ、とひと言添えて。
いただきます、と手を合わせて、スープを口に運ぶ。あっさりとした醤油味だ。寒さを感じていた体にすうっと染み渡るようだった。
横目で紫を見ると、気合い充分にずずっと麺を啜り上げたところだった。負けじと麺を吸い込む。少し柔らかめの麺。煮卵は黄身がしっかりした固茹で、メンマと海苔も乗っていて、子どものころ家族で食べに行った近所のラーメン屋の味を思い出す。特別美味しいわけじゃないけど、なんだかほっとする、懐かしい味だ。
スープも残さず、は無理だったけれど、俺も紫も綺麗にラーメンを平らげて、ごちそうさまをした。お腹の内側から温かいと、幸せな気持ちになる。
もう少しだけ、幸せでいさせて。そう願うように紫の手を握って、秋の甘い匂いがしはじめた夜道を歩いた。
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