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 結論から言えば、俺は紫にフラれなかった。サヨコに再会したことを報告し、ケジメをつけるために過去の想いの告白をすることを許してほしい、と言った俺に、紫はやっぱり『しょうがないなあ』と言って笑った。  怒らないのか、不安にならないのか、と訊いたけれど、紫は『そう思ったところで、私にはどうしようもないことだから』と言うだけだった。その横顔が寂しそうに見えて、俺の選択は間違っているのではないかと思った。でも、きちんとケジメさえつければ、紫にちゃんと向き合えるはずだから。  すぐにでも決着を付けたかったのに、俺はサヨコの連絡先を知らなかった。顧客の担当者に電話して、メールでいいと言われていた用件をどうしても対面で、とお願いしてアポイントを取り付けた。  いつものようにエントランスを(くぐ)り抜けて、受付に向かう。俯いて作業をしているのか、サヨコは俺が来たことに気づかない。 「すみません」  声をかけて驚く。顔を上げたのはサヨコではなかった。知らない人だ。
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