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「ご来館予定の方でしょうか? お名前と会社名いただけますか?」
「えーと、あの、そうなんですが……遠野さんって今日いらっしゃらないんでしょうか?」
「……どういったご用件でしょうか?」
慌てふためいて、サヨコの名前を出した俺に訝しげな視線を送ってくる。怪しまれるのも無理はないだろう。
「いつも彼女の笑顔に癒されていたもので……今日はいなくて残念だなって」
「あー。美人ですもんね。でも、遠野さんって誰とも付き合わないってよく聞きますよ。夜のデートだけは行くみたいですけど。気を持たせておいて、嫌な感じですよねえ。しかも、夜だけっていうのがなんかいやらしい」
同僚の女は自分が仮にも受付の女であることを忘れてしまったのかのように、意地悪そうに目を細める。日光アレルギーのことを知らないのか、それともサヨコが公表していないのか。どちらにしても、あまり良くない噂が広まっているのだということはよくわかった。彼女の悩みも苦しみも知らないくせに、と腹の底に苛立ちが募っていくのを感じた。
「遠野さん、急に会社辞めちゃったんですよ。母親の具合が悪くなったとかって噂で聞きましたけど。困っちゃいますよね」
彼女は綺麗に手入れされた指先で、髪をいじりながら、たいして困ってもいなさそうなトーンで喋り続けた。怒りで沸騰しそうだった頭は、サヨコが会社を辞めてしまったという事実で急速に冷やされた。
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