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 ふと目に入った喫茶店に近づくと、見慣れた横顔を見つけた。紫と……部長だ。どうしてふたりが一緒にいるんだろう。そういえば、少し前に部長と会議室から出てきた紫の様子はおかしかった。それなのに、俺は自分のことばかりで、紫の話を聞いてあげることもしなかった。  今、目の前にいるふたりは随分と親密そうだ。ふたりはただの上司と部下の関係なのだろうか。紫のことを信じてあげられない俺は最低だ。だけど、不思議と憤りとかは感じていなくて、(むし)ろ俺なんかより部長のほうがお似合いなんじゃないかって、そんなことまで考えた。 ☽ 「煌太? どうしたの? やだ、いつからここにいたの? こんなに冷たくなって」  紫の声に目をひらく。頬に温かい手のひらが触れて、紫が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。そういえば、紫の家に来たんだっけ。合い鍵を置いてきてしまったみたいで入れなくて、ドアの前で待っていたんだ。 「ほら、風邪ひいちゃうから入って。立てる?」  ふらふらと立ち上がった俺は、押し込まれるようにして紫の部屋に入った。玄関で再び座り込んだ俺を困った顔で見て、紫はぱたぱたと廊下の奥に消える。戻ってくるなり、肩に膝掛けを被せてくれた。
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