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 空になった食器をシンクに片付ける。そのままでいいよ、と言われたけれど、申し訳なくてスポンジを泡立たせた。紫は静かに俺の隣に立って、泡を流したばかりの食器を布巾で拭う。こうしているとふたりで料理した日のことを思い出す。間違いなく、楽しかったのに。我慢していたのに、ついに涙が溢れ出してしまった。 「いて……目に泡入っちゃった」  すぐ嘘とわかるようなことを言ってしまって、これなら何も言わないでいたほうがよかったかな、なんて思ったけどもう遅い。紫は俺の顔を覗き込んで、呆れたような顔で笑った。 「もう。どんな洗い方したのよ。私のほうまで飛んできたわよ」  紫は自分の目元をごしごしと拭う。 「ごめん。これで最後にするから」  紫はそう言いながら俺の背中に腕を回してくる。これで、最後だから。そう自分にも言い聞かせて、そっと抱きしめ返した。 「もう痛くない?」  俺の身体に巻き付けていた腕を下ろして、紫が囁くような声でそう訊ねてきた。もうなのだな、と思いながら、腕の力を緩めると、紫は俺の顔を見上げていた。 「うん、平気。紫は?」 「私も大丈夫。どうする? 夜遅いし泊っていく?」 「え?」  泣き腫らした目のせいか、寂しそうに見えるその表情に傍にいてあげたほうがいいのだろうかと悩む。
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