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「バカ。冗談に決まってるでしょ。明日もあるんだからさっさと帰りなさい。」  紫は俺の背中をバシバシと叩いて、明るい声でそう言った。それから、右手で髪を耳に掛ける。強がってるんだってわかるけど、きっと今は優しくするべきじゃないんだ。紫が我慢しているんだから、俺もしっかりしないとだめだ。  腕時計をわざとらしく確認する。 「遅くにすみませんでした。終電近いので、急いで帰ります」  部屋の隅に転がっていた鞄とコートを手に取ると、足早に玄関に向かう。靴を履いて、紫の頭に伸ばしかけた手を触れる寸前で引っ込めた。 「気を付けて帰ってね」 「はい。お世話になりました」  静かに扉が閉まる音がした。夜風は冷たくて、ぶるりと体が震える。それなのに、頬がなんだか温かくて、触れてみたらまた涙が零れていた。  なんだよ、さっき十分泣いたはずだろ。  月の見えない夜。星だけが煌々と輝く空は、たくさんの涙を(たた)えているみたいに見えた。
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