11

3/14
前へ
/98ページ
次へ
「……程々にって言いながらコーヒー差し入れるとか、寝ないで頑張れってことかな」  気づけばオフィスに残っているのは俺だけで、独り言には当然誰も反応してくれない。先週日本を発ってしまった紫の席は埋まらないままで、目立つ空白が少し寂しい。紫みたいになれる気はしないけれど、もうちょっと頑張ってみてもいいかなって最近は思うんだ。  コーヒーを飲み終わるころに仕事を終わらせて、いつもの場所に向かう。紫と別れてから、仕事帰りにサヨコと行った居酒屋に通うようになっていた。会社を辞めてしまった彼女がここに来るとは到底思えなかったけれど、それでもほとんどゼロに近い確率に縋るしかなかったから。  店のおばちゃんにもすっかり顔を覚えられてしまって、目が合うなり「いつものでいい?」と大きな声で訊ねられるようになった。おかげで席に着くとおしぼりと一緒にビールとだし巻き卵が運ばれてくる。相変わらずだし巻き卵は薄味で、醤油を数滴垂らすとちょうどよくなる。  店の天井から吊るされたテレビを眺めながら、ぼんやりと食べ進める。店内はいつも通り賑わっているから、音はほとんど聴こえなくて、字幕を追っているとあっという間に時間が過ぎていく。番組が切り替わったタイミングで、焼きうどんを注文して一気に平らげた。
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!

93人が本棚に入れています
本棚に追加