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 帰るまで降らないでくれよ、と祈りながら、訪問先のビルの自動ドアを(くぐ)り抜ける。受付の女性に会社名と上司の名前、そして、担当者の名前を告げると、少々お待ちください、と微笑まれた。  そのとき、その女性の唇の左下にほくろを見つけて、俺はその女性(ひと)のネームプレートを確認した。馬鹿みたいな話だけど、口元にほくろがある女性を見ると、俺は口説かずにいられないのだ。とは言っても、最近は控えていたのだが。 「お待たせいたしました。こちら入館証です。まもなく担当者が伺うと思いますので、お掛けになってお待ちください」  入館証を受け取る際に、わざと彼女の指に少し触れる。 「ありがとうございます、遠野(とおの)さん」  俺はできるだけ涼しい顔で微笑んでみた。すると、遠野さんは触れられた指先に目を落とした後、温度感のない微笑みを返してきた。ダメだ、この女はガードが堅そう。顔は結構タイプだったから残念だけど、別に付き合いたいとかそういんじゃないから、深追いはしない。  上村課長に入館証を手渡すと、腰を下ろすほどの間もなく担当者がやってきた。挨拶をしながらエレベーターホールに向かう。通りがかりに受付を横目で見ると、遠野さんは事務作業をしているのか、俯いていた。正面からは見えなかったが、後ろで束ねていた髪は想像してたより長くて、彼女が動くたびにさらさらと揺れていた。
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