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 静かに後ろを通り過ぎようとして、ふと足を止める。服装からはわからなかったが、コートの袖から見えていた手は女性のものだった。改めて見てみれば、体の線も細いし、背丈も俺より随分と低い。  もしかして、と心臓が高鳴る。立ち去らない俺に警戒したのか、その人はゆっくりと振り返った。深く帽子を被っていて、目元がよく見えない。だけど、口元にほくろを見つけた。見つめていた唇が弾むように動く。 「……あなたも月を見に来たの?」  彼女が帽子を脱ぐと、ふわりと長い髪が広がる。そして、忘れもしない、あの花の香りが漂った。今すぐ抱きしめたい衝動をなんとか押さえつけて、そうだよ、と返事をする。まるで、あの日を繰り返しているみたいだと思った。 「せっかく綺麗な満月なのに、このカメラでは綺麗に撮れなくて」  はにかみながらスマートフォンをコートのポケットにしまい込む彼女に問いかける。 「ねえ、君、名前なんて言うの?」 「サヨコ。……あなたは?」 「煌太。石崎煌太って言います」 「……ふふ。やっぱり石崎さんが煌太だったんだ」  サヨコは一歩俺に近づいて、俺の頬に手を当てた。冬の夜に手袋もしていなかったサヨコの指先は氷のように冷たい。 「手、冷たいね。俺の手袋使う? っていうか使いな」  自分の手から抜いてサヨコに押し付けると、困惑しながらもはめてくれた。余った指先をつまんで笑うその表情(かお)が愛おしくて堪らない。
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