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「煌太は?」
「ん?」
「……彼女さん、怒らないの? わたしに会いに来たり、今日だってもう帰れないでしょ?」
「大丈夫。彼女とは別れたから」
そうなんだ、と呟いたサヨコの表情は読めなかった。手元のマグカップに視線を泳がせている。きゅっとマグカップの取っ手を握って、サヨコは顔を上げた。
「じゃあ……今度こそわたしとデートしてくれる?」
「いいよ。サヨコが結婚やめるなら」
サヨコの大きな瞳に自分だけが映っている。その誘いを断る理由は俺には何ひとつなかった。だけど、まだ少し残る疑問と出来心から試すようなことを口にしていた。この期に及んで俺は臆病でずるいままだ。つい予防線を張ってしまう。
「結婚は……もう、やめたの」
その声は消えてしまいそうな泡のように儚くて小さなものだったけれど、サヨコは俺から目を離したりしなかった。どうやらまだ俺にはチャンスがあるらしい。
「じゃあ、できるね。デート」
「うん。楽しみ」
「また映画でも行こうか」
「うん。行きたい」
結局、決定的な言葉は口に出せないまま。こんな情けない俺とデートしたいだなんて、サヨコは変わってるよ。
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