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私の心を見透かすように「あんたは悪くないよ」と、トワ子さんが背中を優しく叩いた。
「美沙子さんが仕向けなくても、あれだけ差別が蔓延していた村じゃ、いずれああいう事も起こっていたさ。結局あの火事で村にまで火が燃え移ってね。延焼の酷かった森の近くは今はあぜ道になってるし、村人も不気味がって殆ど出て行ってね。あの頃からこの村に未だに居続けているのなんて、私とあんたの婆さんぐらいだよ。まぁ美夕の婆ちゃんはまだ小さかったから覚えちゃいないだろうけどね。あぁでも、駄菓子屋のお婆ちゃんは残ったけどあの後すぐ亡くなってね。風呂屋のおばちゃんもこの村で長生きしてたよ。最後まで良い人だった」
良かった。
あの人たちが天寿を全うした事。この村を離れずにいたという事は、最後まで私たちを信じていてくれたのかもしれない。そう思うと嬉しかった。
「てことは、この村の人は大半が他所から越してきた人って事?」
私は余所者だから冷たい目を向けられていた、はずなのだ。
なのに、その村人たちこそが余所者だったという事だ。
「ねぇ……私が電車に乗るところって見た?」
「電車?あぁ、そうか。美夕はあかね号に乗ってあの時代に行ったのか。そりゃあ帰り道も解らないはずだね」
どういうことだろう。あの電車はトワ子さんには見えていなかったという事なのだろうか。
トワ子さんは「そうかい」と目じりを垂らして、庭を囲む柵の傍にある朝顔に目を向ける。
「私が電車に乗る前、鬼の歌が聞こえたんだけど、トワ子さんだったんだよね?」
念を押すように尋ねる。
そうであって欲しい。だが、そんな私の淡い期待はいとも簡単に打ち砕かれた。
「私があそこに行ったのは、美夕がこっちに戻って来た時だよ。あんたが電車に乗るところなんて見ちゃいないよ」
その口ぶりに嘘は無い。思わず背筋が寒くなった。
トワ子さんはさっき、美沙子さんがいなくなってから時折あの森で鬼の歌を聞いたと言っていた。
まさか、だよね。
嫌な考えを振り払うように、頭をぶんぶんと振った。
トワ子さんはそんな私を見て「何してんの?」とくすくす笑った。
「そのリリアン。美沙子さんに教わって、初めて私が編んだものだよ。元は朱色だったけど、色褪せちまってオレンジ色みたいになったけどさ」
手首のリリアンのブレスレット。
初めてユッコに会った時、木製の編み機で作っていたユッコの姿が鮮明に蘇る。
これはあの時の。カズ君やアッキーが生きていた時の物。
胸がぎゅっと掴まれるような感覚になる。
また泣いてしまいそうになるのを誤魔化すように、四分の一ほど残っていたカルピスを一気に飲み干した。
「この時代で余所者だと壁を作っていたのは美夕自身だよ。みんなはあんたの境遇を気の毒に思って腫物を扱うようにしてしまってたんだろうね。それを美夕は居場所が無いと感じていたんだよ、きっと。見方を変えてごらん。一度、まっさらな心でよく周りを見てごらん。今まで聞こえていなかった声が聞こえて来るだろうよ」
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