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「コタロウ、ほら足拭くよ」
結局家に帰ったのは夜十時を回っていた。
玄関だけに明かりが点き、部屋の中は真っ暗だ。
仕事で疲れた父は早々に寝てるだろうし、龍ちゃんも綾ちゃんも明日は学校だから二人もまた寝てるはずだ。
こんなに遅くなったのも、トワ子さんの家で食事をとり、もうどうせならと風
呂まで済ませてきたからだ。
食事の支度をしていなくて叱られるとか、そんな事はどうでも良かった。
壁を作っていたのは私自身。村の人達は会話も殆どしたことが無いからトワ子さんの言う通り私の勘違いだったとしても、母に至ってはそういうわけでもないだろう。
散歩に出る時に玄関前に置いておいたタオルでコタロウの足を拭いた。
大きな音が鳴らないようドアにそっと手を掛けた途端、物凄い勢いでドアが開いた。
「どこ行ってたの?!」
眉間に皺を寄せた母が、鬼のような顔をして仁王立ちしていた。
コタロウを離し、先に部屋に入れようと思ったが、私の足元にぴったりとくっついたまま動こうとしない。
「夕飯の用意が出来なかったのは、ごめんなさい」
もう後はどうにでもなれ。怒られる覚悟はできていた。
だがそんな私の予想は見事に外れた。
母の両眼から涙がぼろぼろと零れ落ちたのだ。
あまりにも予想外の展開に動揺した私は「は?」とか「え?」とか、情けの無い声を発するしかできない。
「そんな事はどうでもいいの!何かあったんじゃないかって心配してたんだから……!」
状況が飲み込めないでいる私の背後から「あぁ!」と龍ちゃんの叫び声が夜の村に響き渡った。
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