31人が本棚に入れています
本棚に追加
三島トワ子さんは元々はこの村の人間じゃない。
私が生まれる前にここに越してきたらしいということ以外、何も知らない。
結婚していたのか、子供がいたのかなども多分この村の誰も知らない。
そんなトワ子さんの村での評判は良くなかった。
妙な事ばかりを口にする気味の悪い婆さんだと、子供は絶対に近寄らせるなと大人達は口を揃えて言うのだ。
余所者という括りでは私と同じだ。
トワ子さんはその妙な言動のせいで周りに避けられているし、私は村の人達の冷たい視線から逃れるように必要以上に人と関わらないようにしている。
だから、トワ子さんの言う通り『あんたもどうせ独り』というのには返す言葉も無かった。
「人喰い鬼を知ってるかい。子供を喰う鬼知ってるかい。暗い森のその奥で。血濡れた歯を見せ笑ってる」
不気味なメロディに乗せてトワ子さんが口ずさむ。隣に腰かけ、風に揺らぐ私のズボンに目を向けている。
だが、その視線は更に向こうの、遥か遠くを見つめている様だった。
「その歌何なの?」
私の問いかけに応える事も無く、トワ子さんは不敵に微笑む。
「熱いよ熱いよ火が点いた。鬼の子燃やせ、悪魔の子。骨の髄まで燃え尽くせ。誰が真の鬼だろか。それも解らず燃え尽くせ」
彼女が村の人々から悪く思われている理由はこれなのだ。
トワ子さんは、よくこの奇妙な歌を口ずさみながら散歩をしている。
たまたまそこに居合わせた子供がいたら決まって「森には近付いちゃいけないよ。子供を喰う鬼が出るからね」と怖がらせる。
私もそんな子供のうちの一人だった。
言われた時はとても怖かったが、何故だか興味が湧いてしまいこの家をこっそり見に来たのだ。
だが、この庭の手入れされた植物を見てそんな恐怖はどこかへ消えてしまった。
子供を食べるだとか物騒な事を口にする人の庭が、沢山の小さな命に満ちていたのだ。
種を撒き花を育て、どこからか飛んできて勝手に根付いた花にもせっせと水をやる。
そんな『気味の悪い婆さん』の庭の花たちは、どれも生き生きとして輝いていた。
「そうだ。ちょっと待ってな。よっこらせと」
トワ子さんが縁側の後ろにある和室に消える。
暫くして戻って来た彼女の手には毛糸を編んで作ったオレンジ色のブレスレットが握られていた。
それを私の腕に括り付けると、満足気に「うんうん」と頷いた。
「これ、あんたにやるよ。今月が誕生日だったんだろう。リリアンって言う手芸の一つでね。昔は女の子の間で流行ったんだよ」
どう見ても新品の物ではない。明らかに古く、色褪せたブレスレットだが、私はそっと胸に抱き「ありがとう」とはにかんだ。
最初のコメントを投稿しよう!