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人気のない路地を抜ける。
通りの向こうから吹きぬけて来る夕方の冷涼な風が、じっとりと汗ばんでいた私の首筋を撫でる。
私の後ろを歩くアッキーは最初は行かないと言っていたが、今夜の夏祭り準備の為に村の人達が森に集まっているので、森はかえって危険だからと無理に連れ出してきたのだ。
「空が燃えてるみたい」
雲も空も一様に赤く焼けた光景にそんな言葉が出る。
所々に金色や紫色が溶けるように混じって更に美しさを増していた。
「こうやって空を見たの、夜のひまわり畑以来だね。楽しかったな」
優しい声色で呟くアッキーの横顔に、思わず心臓が大きく跳ねる。
「そう、だね」
自分から話を振っておいて、そんな返事しか出来ないのが情けない。
だがアッキーは気にしていないのか、静かに空を仰いだ。
痣の色もかき消すくらいの綺麗な夕陽が、アッキーの頬を染めていた。
それから私たちは黙って歩き続けた。細い通りを抜けて、建物の影から人が居ないのを確認してから表通りへと出た。
「おばあちゃん、こんにちは」
店じまいをして玄関の扉を閉めようとしていたミツ婆ちゃんに声を掛ける。
見事なまでに直角に折れ曲がった姿勢のまま「どうも、こんにちは」と更に頭を下げた。
「お菓子?」
見える範囲どこにも歯が見当たらない口で器用に喋るミツ婆ちゃんが、年上の人には失礼かもしれないが、可愛いと思ってしまった。
「ううん、お婆ちゃんとお喋りしたかったの」
あまり大きな声が出せないので、声を抑えたまま耳元で言うと、お婆ちゃんは「へぇ、どうぞ。お茶淹れてやるわねぇ」と、家の中に入れてくれたのだった。
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