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店舗から一段上がった和室が、普段から主な生活スペースになっているらしい。
箪笥の樟脳と、旦那さんの物らしい仏壇からの線香の匂いが混じった、いかにもお年寄りの部屋の匂いだ。
その部屋はミツ婆ちゃんがいつも座っている座布団を中心に、ティッシュや電話、箪笥など生活に必要なものが手の届く範囲に集まっている。
トイレと風呂と炊事以外はほぼここで座っているのだろう。
冬場は部屋の隅に置かれたままになっているストーブの上でお湯を沸かしたりミカンを焼く姿までもが容易に想像できるくらい、生活感に溢れていた。
「はい、どうぞ。苦手じゃなかったら黒糖饅頭も食べんさい」
ミツ婆ちゃんは、私たちの前に氷が入った麦茶と、餡子がずっしりと詰まっていそうな丸々とした黒糖饅頭をひとつずつ並べた。
「ありがとうございます。いただきます」
アッキーはそう言うと早速饅頭の包みを開けた。
以前来た時はずっとテレビを見て揺れていただけだったが、ガラス戸の玄関に吊るしたカーテンを引いて、お茶を淹れ、随分とご機嫌な様子でニコニコと笑顔を浮かべて私たちの前に座っている。
最初の印象とは随分と違っていた。
「あの、ミツ婆ちゃん」
テーブルを挟んでいるお婆ちゃんに向けて声を張る。
するとミツ婆ちゃんは「えぇの、えぇの」と顔の前で手を横に振りながら笑っていた。
「聞こえてるよぉ。あたしゃ自分でも嫌になるくらい地獄耳なの」
「えっ、そんなに聞こえてたの?」
何となく私たちの声は聞こえているんじゃないかと思っていたが、地獄耳と言う程だとは思っていなかった。
アッキーは特に驚く様子も無く、お饅頭を黙々と食べていた。
「お婆ちゃんはどうして聞こえないふりをしているの?」
「聞こえないふりはしちゃいないよぅ。いや、してるのかしら。ふふっ、私も女優になったもんだねぇ。お嬢ちゃんがドッグフードの礼を言った時は、テレビに郷ひろみが出てたから夢中だっただけだよぉ」
饅頭をかじり、器用に舌と上顎で潰しながら食べるミツ婆ちゃんはまるで小動物のようだ。
リスがほっぺに食べ物を蓄えるみたいに、頬が饅頭の形にふくらんでいる。
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