津鉾祭りの夜

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「とりあえず人前でお互いの名前呼ぶの禁止な」   カズ君はそれだけ言うと、手始めにと一番近い屋台に私の手を引っ張って駆け出した。 「おっちゃーん、三人分ね」 カズ君がお金を屋台のおじさんに渡し、金魚をすくうポイを受け取る。 「上手いわね。あっ」 私の手元に気を取られて、うっかり水に浸けたままにしてしまっていたユッコのポイに大穴が開いた。 「あははっ、意外とどんくさいんだなー」 大笑いするカズ君に、お面越しでもユッコが睨んでいるのがわかる。 「いいよ嬢ちゃん。捕れなくても一匹好きなの持って帰りな」 だがユッコはそれを断った。私は十匹以上すくったが、全て返した。 餌も調達できない今の生活では生き物は買えない。 ただ、三人で金魚すくいができて楽しかったので、それだけで満足だったのだ。 「あ、あの射的の景品。花火だ」 「ん?ほんとだ。よーし、取って来てやるよ。今度みんなで花火しようぜ」 カズ君は射的の屋台に行くと、早速慣れた構えで沢山の手持ち花火が入った袋に狙いを定めた。 「おいおい、お面外さねーと見えねぇだろ」 おじさんは笑うが、カズ君は返事もせず集中して花火を見つめる。 パンッと弾ける音と共に、花火の袋が棚から落ちた。 「凄い!」 「やるじゃない。こういうの得意だったんだ」 銃を肩に担いで得意気に「へへっ」と笑うカズ君に、おじさんが「おめでとう!」と花火の袋を手渡す。 「良い手土産ができたわね」 祭りに来られなかったアッキーも、これなら喜んでくれるだろう。 「かき氷食おうぜ。おじちゃーん、俺メロン」 「私はレモンにする」 おじさんが手際よくペンギンが描かれたカップにかき氷を作る。 カズ君のメロンシロップを回しかけ、先がスプーンになったストローを刺した。 「私は食べ物は帰りに買うよ」 アッキーにも色々と買って行きたい。 沢山買って行って、どうせなら一緒に食べるつもりだった。 かき氷と、甘辛い香りの漂うイカ焼きも買った二人と一緒に、人気の無い神社の裏に回る。 「うめぇ」 イカ焼きにかぶりついたカズ君が声を上げる。 「かき氷、食べる?」 「え、良いの?」 ユッコがスプーンに山盛りのかき氷を差し出した。 夜とはいえ、高い湿度で汗だくの体に、ひんやりとしたかき氷がたまらなく美味しい。 「ありがとう」 「隣で羨ましそうにされちゃあね」 「えっ、そんな顔してた?」  恥ずかしくて思わず手で頬を覆った。それを見ていたカズ君が「してた、してた」と笑う。
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